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    いかにして息子は「母」を取り戻したか

    前回まで紹介してきた御手洗佑樹の『いかにして母は女を解放したか』は、単行本の「第1巻」の内容がAⅤ化されています。
    原作御手洗佑樹×超S級女優の最強コラボ実写化!!いかにして母は女を解放したか かすみ果穂
    まあ、息子や桐野が中二の設定なので、どうしても男優の見た目に無理がありますね。
    静也が桐野に脅迫されて「アイスおごる」と言っているシーンなどは、もはやコントです。
    春香役の女優さんは清楚な感じが良いのですけど、形の整った巨乳のスレンダー美人という感じで、男優との絡みが原作における「未成熟な少年とセックスするムチムチボディの爆乳熟母」というイメージとは異なりました。
    セックスシーン以外の演技力も求められる綾城千鶴は、誰が演じても難しかったでしょう。
    個人的には谷口薫役の女優さんが一番イメージに近かったかな。
    母と息子の近親相姦旅行 小早川怜子
    この人が母親役をやっているAⅤ『母と息子の近親相姦旅行』は、抵抗しながらも息子を拒絶しきれずに犯される母がエロくて結構好みでした。


    さて、本題です。
    『いかにして母は女を解放したか』の結末は、母と子が「近親愛」で結ばれるハッピーエンドでした。
    しかし、この作品のように息子が「寝取り返し」を実施した「母親ネトラレ漫画」でも、結末はかなり異なっています。
    『たとえば母が』は、息子が母親を自分の「妻」にする母子夫婦エンド。
    『久枝背徳日記』は、息子が母の「家族愛」を感じながらも「女」としての母を他の男性に託す親離れエンド。
    『罪母』は、息子が母親から完全に見捨てられる絶望エンド。
    『母姦獄』は、母親が他の男と一緒に愛する息子の前から姿を消す子離れエンド。

    母子をこれらの末路に導いた重要な要素は、「性欲」と「恋愛感情」と「母性愛」であると考えられます。


    「性欲」はもちろん「ネトラレ」において根幹となる本能であり、この要素だけの「母親ネトラレ漫画」は星の数ほどあります。「性欲絶対主義」の山文京伝の作品では、調教によって堕とされた母親が夫や息子を捨てると宣言するパターンがお馴染みですね。
    『たとえば母が』の榊は「性欲」のみで美晴を支配しようとしましたし、『母姦獄』のレンや『罪母』の宮里夕も激しい調教で熟母の「性欲」を刺激していました。
    元々はコミカル調の「熟女浮気漫画」だった『久枝背徳日記』の久枝はちょっと特殊で、母本人の「性欲」が元から旺盛だったので積極的に男たちとセックスしていました。

    『いかにして・・』の春香も未亡人状態での欲求不満が溜まり続けており、(自分の中の「女」が消えていく)という焦燥感もあって、自分を「女」として求めてきた少年(桐野)とセックスしたことから「ネトラレ」が始まっています。
    ただし、その後も彼女は「強制膣内射精」や「子宮姦」などを経験しますが、「調教」としては生温かったこともあって、自分が「母親」であることを忘れはしませんでしたね。

    息子は肉体的にもテクニック的にも「敵」より劣る場合が多いですけど、『いかにして母は女を解放したか Episode 0』で桐野まどかが言っていたように、「近親相姦」は他の異性相手では得られない「特別な快感」があるという説があります。
    風船クラブなども「近親快感絶対主義」で、『母姦獄』のマヤは息子とセックスしながら「ほ・・ほかのちんぽと違うぅう」と悶え、「んぉおおおっ、こ・・これが、親子でするオマンコのぉお快楽なのぉ!」と叫び狂っていました。
    ただ、風船クラブの作品に出てくる息子はたいてい凄い巨根なので、本当に「親子ならではの快感」なのか分かりにくいですね。
    まあ、「背徳感」も「快感」となりますし、なんとか「近親相姦」まで持ち込めば、性的に未熟な息子でも「寝取り返し」のチャンスはあると考えられますけど、前述したように「近親相姦」をした後にバッドエンドとなる場合もあります。

    『いかにして・・』の静也は14歳という年齢以上に無垢な少年でしたが、「ミセモノゴヤ」でのお仕事で性的な経験値が急激に上がっており、熟母の「欲求不満」を解消できる存在にはなっていました。


    「母親ネトラレ漫画」において「恋愛感情」は軽視されがちですが、「ネトラレ」に正当性を与えるという面では非常に重要であり、「性欲」とも相互影響していく感情でもあります。
    『たとえば母が』の田口マコトは親友の母親である美晴と結ばれ、その事実が息子の正樹に知られた後は、恋人のように同棲生活をするようになります。
    「友人の母親を恋人にして、後に結婚する」というケースは現実世界でも存在し、ずっと以前に父親と離婚している美晴が「新しい恋」をしても、息子がそれを明確に否定することは出来なかったのです。
    同じ作者の『久枝背徳日記』での母親の相手である滝岡は教師時代の教え子であり、憧れの女教師に告白して結ばれた彼は、卒業後も久枝と何年も関係を続け、その事実を知った息子が「近親相姦」の後に「親離れ」をするという結末になります。
    『たと母』のマコトも滝岡同様にある意味「最強の敵」でしたが、物語の途中で圧倒的な性技を誇る榊敬之がラスボスとして登場し、マコト自身の「恋愛感情」も正樹に対する「嫉妬」などの不純物を含んでいたために、最終的には美晴と決別することになりました。

    『いかにして・・』の春香と桐野の間に「恋愛感情」は発生しておらず、「ミセモノゴヤ」の売春少年だった三木司が一方的に春香に恋していたくらいですね。
    彼女は「近親相姦」を重ねていくことによって、息子を「異性」として愛するようになっていきました。


    「母性愛」は相手が息子と同じくらい若い場合に発生しやすく、「恋愛感情」と同じような精神的結びつきとなります。
    教え子であった『久枝背徳日記』の滝岡や、息子の友人だった『たとえば母が』のマコトもそうですが、『罪母』の宮里夕や『母姦獄』のレンのように「母親」に対して強烈なトラウマを抱えている少年が登場する作品はどちらも(息子にとって)バッドエンドになっていますね。
    特に宮里夕は物語終盤になって少年らしい「弱さ」を見せたことにより、「性欲」「恋愛感情」「母性愛」の全ての要素において、熟母ヒロイン白鳥涼子に愛されるようになりました。

    『いかにして・・』の桐野修一も「母親」への強いトラウマがありましたが、春香は最後までその事実を知らず、最終回で桐野は本当の母によって救われています。

    母親の「母性愛」は息子にとって最後の「希望」ですけど、実の息子に対する「母性愛」とは「家族愛」でもあり、このブログで何度も述べているように「家族愛」は「近親相姦」の大きな抑止要素にもなります。
    なんとか「近親相姦」を実現できても、『久枝背徳日記』の久枝は息子とのセックスの最中も「女」ではなく「母親」のままだったし、『母姦獄』のマヤはこれ以上息子の人生を狂わせないようにとセックス後に失踪しました。

    「家族愛」が非常に強かったはずの春香が息子との「禁忌の関係」を受け入れたのは、自分のせいで息子に売春をさせてしまったという「罪悪感」や、「ミセモノゴヤ」の教育係として少年たちとセックスしたという経験も影響していると思いますけど、苦しんでいる息子を救えるのは自分しかいないという「責任感」が、「母性愛」と自身の「欲望」を融合して「近親愛」へと昇華させていく免罪符になったのかも知れません。

    『たとえば母が』の正樹はすでに親離れしかけた大学生であり、榊の調教によって「淫乱熟女」になっていた美晴も「息子とだけはセックスしてはいけない」という「理性」だけは失っていませんでしたが、物語の終盤で正樹は「性欲」「恋愛感情」「母性愛」の全ての要素にアプローチして母親を口説き落としています。

    『いかにして・・』の静也はまだ「子供」ですけど、将来的には正樹のように母の「夫」になっていく可能性がありますね。
    ハッピーエンドを掴んだ正樹と静也に共通しているのは、女性の「母性本能」をくすぐる「可愛げ」があったことです。
    それゆえに正樹は山根麻里子や榊峰子に助けられ、静也は綾城千鶴が全面的な味方となり、母親を自分の「女」にすることに成功しました。

    皆様も美しいお母さんが寝取られそうになったら、参考にして下さい。


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